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日本人の国民的感情 「甘え」


「甘え」について興味深い本を二冊読んだ。




なんと、「甘え」は 日本人に特有の状態らしい?


いやもちろん、他文化圏にも、「甘え」に相当する状態はあるに違いないが、


英語には、「甘え」に相当する単語がないと知り、衝撃を受けた。




「甘え」は、日常生活を送るうえで、

適切に繰り出せば相手へのサービスとなり、TPOを間違って繰り出せば 非常にやっかいなお荷物人間扱いを受けるものでもあり

とにかく重要なファクターだと思っていたのだが


それが 日本人に特有の状態であるというのか?


それが日本人の国民性?


これに気づいたのは衝撃だった。




「言わなくてもわかってほしい」

「言わないとなぜわからないのか?」

「普通察するだろう」



↑ これは、日本人特有の、思考回路であると知り、衝撃を受けた。



今回読んだ本二冊のうち、大前研一氏の、悪魔のサイクルにのっていた 大前氏のアメリカ人ルームメイトとの喧嘩の体験談


アメリカ人ルームメイトは「文句があれば言うだろう」

日本人の大前氏は「言わなくても普通察するだろう」


と思っていて、アメリカ人ルームメイトの勝手かつ迷惑なふるまいを我慢の限界まで我慢して ついに爆発した大前氏は その場でアメリカ人ルームメイトと「決闘しよう!」という抜き差しならない話になったというのだから




人ごととは思えない。



というのは、私も 我慢の限界まで我慢し 限界を超えたら爆発するという行動パターンがあるからである。




「なぜ 言わなければわからないのか?」



これは わたし自身 日常よく思ってしまっている。



自分が「甘え」「暗黙の他者への期待」という点では、非常に日本人的であることを 今回痛感したしだいである。





気づくと恐ろしい・・・




期待している 期待されている





しかし、すべてを察しきれる人は どれくらいいるのだろうか?




みながすべて察しきれるわけではないから 日常いろんなところで 不満やうらみやネガティブ念がうずまいているのを 目にしたりするのではないだろうか




わたしも 「なぜ言わなければわからないのか?」と人に対して思うわりには 人の事情を察しきれていないシーンは 非常にたくさんある




また 察しても どうにかしてあげられないことも多い。





そのあたりは 死ぬまで自分を磨いていくしかないのであるが






とにかく、自分は自立しているようなつもりでいても 日本国民として生まれ日本で育ったというベースにもとづき 骨の髄から他者への期待を内包する思考パターンなのだということに気づいたのが衝撃。





そういう「察しあう」国民性だから、おもてなしのレベルが高いのだろう。これは良い面だ。





言葉なしで意思が通じたり、自分や他者の状況を理解しあうのは、非常に心地よいと思う。そういう、世界に包まれているような安心感の中で生きるのは理想だが





「察する」文化でない 他文化との交流のためにも、言葉をメインのコミュニケーション手段とする人たちと交流するためにも、言葉ではっきり自分の意志を伝えたり 主張したり 要求する能力も、伸ばしていこうと思った。







「甘え」の構造 [増補普及版]



悪魔のサイクル(2013年新装版) 日本人のよりかかり的思考 (大前研一BOOKS(NextPublishing))













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